令和2年 予備試験 論文式 実務基礎(刑事) 出題の趣旨・論点・解説
令2予備 実務基礎(刑事)実務基礎(刑事)
問題
[刑 事]
次の【事例】を読んで,後記〔設問〕に答えなさい。
【事例】
1 H地方検察庁検察官Pは,I警察署司法警察員Kから,令和2年2月1日にJ県L市内の
民家で住人のV(77歳,男性)が殺害された殺人被疑事件について,A(45歳,男性)
を逮捕することの是非について相談を受けた。その時点までに収集された主な証拠の概要は
以下のとおりである。
⑴ 捜査の端緒に関する捜査報告書(証拠①)
「令和2年2月1日午後9時50分頃,Vと同居していた息子Bから,『Vが何者かに殺
されている。』旨の110番通報があり,同日午後9時58分頃,警察官がV方に臨場した
ところ,Vが1階居間の床上に大量に血を流して仰向けに倒れていた。Vは,臨場した救
急隊員により直ちに病院へ搬送されたものの,医師によりVの死亡が確認された。」
⑵ 実況見分調書(証拠②)
「警察官が臨場した際にVが倒れていた位置は,V方1階居間中央にある応接テーブル
の西側約1メートルの位置であり,その周囲の床部分には,多量の血痕が付着していた。
V方からは,遺留指紋6点が採取されたが,凶器の発見には至らなかった。」
⑶ 遺留指紋に関する捜査報告書(証拠③)
上記遺留指紋のうち5点は,Vの指紋と一致し,残りの1点は,上記応接テーブル上面
から採取されたもので,Aの指紋と一致した旨が記載されている。
⑷ 司法解剖医の警察官面前の供述録取書(証拠④)
「Vの死因は,胸部刺創による心臓刺創に起因する失血死である。成傷器は,先端は鋭
利,かつ,刃の長さが15センチメートル以上の片刃の刃物と推定される。Vは,これに
より1回刺突され,ほぼ即死したものと考えられる。」
⑸ Bの警察官面前の供述録取書(証拠⑤)
「令和2年2月1日午後2時頃,Vに見送られて外出した。同日午後9時45分頃,帰
宅して自宅に入ると,Vが大量に血を流して倒れており,全く反応がなかったので,何者
かに殺害されたのだと思い,110番通報した。
Aのことは知っている。Vは,V方の東隣の店舗でクリーニング店を営んでおり,Aは,
同店で15年間にわたり従業員として働いていた者である。同店の経営状況が悪くなった
ことから,Vが令和元年12月末にAを解雇した。しかし,Aは,新しい就職先が見つか
らず,令和2年1月20日頃から毎日のように同店を訪れては,再び雇ってほしいとVに
懇願しており,Vは,これを断り続けていた。同月27日夕方には,同店事務室でVとA
が話をしていた際,Aが大声を上げながら両手でVを突き飛ばしたということがあった。
その時は,たまたま店番をしていた私がAを制止し,Aをなだめて帰ってもらった。
Aは,Vに用があるときはいつもクリーニング店を訪ねて来ており,私が知る限り,A
がV方に上がったことはなかった。また,V方1階居間にあった応接テーブル上面は,事
件当日,私が外出する直前の午後1時45分頃に,私が全体にわたり拭き掃除をした。応
接テーブル上面にAの指紋が残されていたのであれば,その指紋が付いたのは,私が同日
午後2時頃に外出してから午後9時45分頃に帰宅するまでの間としか考えられない。」
⑹ V方西隣の住民W1の警察官面前の供述録取書(証拠⑥)
「令和2年2月1日午後6時頃,私が自宅にいたところ,V方から男性の大きな怒鳴り
声が聞こえたが,何と言って怒鳴っていたかまでは分からなかった。」
2 検察官Pは,司法警察員Kからの上記相談に対し,㋐AがVを死亡させた犯人であること
(Aの犯人性)について,証拠③等の有力な証拠があるものの,これらの証拠に基づき認め
られる間接事実の推認力が十分でないと考えた。そのため,検察官Pは,現時点でAを逮捕
することは妥当ではなく,更なる捜査が必要であると判断し,司法警察員Kにその旨を伝え
た。
3 その後,主に以下の証拠が収集され,再度司法警察員Kから相談を受けたことから,検察
官Pは,㋑以前に収集された証拠に基づき認められる間接事実に,証拠⑦から⑪に基づき認
められる間接事実が加わったことにより,Aの犯人性を十分に推認できると考え,Aを逮捕
することが妥当であると判断して,司法警察員Kにその旨を伝えた。
⑴ Cの警察官面前の供述録取書(証拠⑦)
「Aは,私の高校時代の同級生で,今も友人である。令和2年2月1日夜,Aから私の
携帯電話に電話がかかってきた。その通話で,Aは,『むかついたので人をナイフで刺して
やった。刺したナイフは,高校の近くのM県N市O町にある竹やぶに投げ捨てた。さすが
に見付かることはないよな。』と言ってきた。その時は,Aが酒に酔って冗談を言っている
ものと思って受け流したが,その後,Aが前に働いていたクリーニング店の経営者が自宅
で刺し殺されたことを報道で知って,Aがやったのではないかと思い,怖くなった。友人
であるAのことを裏切りたくなくて悩んだが,Aが罪を犯したのであればきちんと償って
ほしいと思い,同月5日朝,自分から警察に連絡して,Aから聞いた話を伝えることにし
た。」
⑵ Cの携帯電話の精査結果に関する捜査報告書(証拠⑧)
Cから任意提出を受けたC所有の携帯電話のデータを精査した結果,Aが契約する携帯電話の
番号がAの姓名で登録されており,令和2年2月1日午後9時頃に同番号から着信があり,約5
分間にわたって通話した履歴があった旨が記載されている。
⑶ ナイフの領置経過に関する捜査報告書(証拠⑨)
Cの供述に基づき,警察官がM県N市O町にある上記竹やぶ内を探索したところ,令和
2年2月5日午前11時頃,血痕様のものが付着した刃体の長さ約15.5センチメート
ルの片刃のナイフを発見し,これを領置した旨が記載されている。
⑷ 上記ナイフに付着した血痕様のものに関する鑑定書(証拠⑩)
上記ナイフに付着した血痕様のものは,人血であり,そのDNA型は,Vのものと一致
した旨が記載されている。
⑸ 司法解剖医の警察官面前の供述録取書(証拠⑪)
「上記ナイフは,その形状から,Vの死因となった胸部刺創を形成した凶器と考えて矛盾
はない。上記胸部刺創が,深さ約15センチメートルに達していた上,肋骨が刺切されてい
たことに照らすと,凶器をかなり強い力でVの身体に突き刺したものと認められる。」
4 Aは,Vを被害者とする殺人罪の被疑事実で通常逮捕され,引き続き,勾留された。勾留
期限までに収集された主な証拠の概要は以下のとおりである。
⑴ Bの検察官面前の供述録取書(証拠⑫)
証拠⑤記載の内容と同旨。
⑵ Cの検察官面前の供述録取書(証拠⑬)
証拠⑦記載の内容と同旨。
⑶ 通行人W2の警察官面前の供述録取書(証拠⑭)
「令和2年2月1日午後6時頃,保育園に預けている娘を迎えに行くためV方の前を通っ
たところ,V方から,『お前は長年店に尽くしてきた俺のことを何も考えていない。殺すぞ。』
と怒鳴り付ける男性の大声が聞こえた。続いて,別の男性の声で,『ろくに働きもしていな
かったくせに。また働かせろなんて無理に決まっているだろう。』と怒鳴り返しているのが
聞こえた。気になったが,保育園のお迎えの時間が迫っていたので,それ以上は聞かずに
その場を離れた。」
⑷ W2の検察官面前の供述録取書(証拠⑮)
証拠⑭記載の内容と同旨。
⑸ Aの警察官面前の供述録取書(証拠⑯)
「Vを殺したのは私ではない。V方に上がったこともない。事件があった日は,ずっと
自宅にいたと思う。」
⑹ Aの検察官面前の供述録取書(証拠⑰)
「警察の取調べではうそをついていた。私が持っていたナイフがVの胸に刺さり,Vを死
なせてしまったことは,事実である。しかし,私は,刺そうと思って刺したのではないし,
Vを殺すつもりもなかった。事件当日は,Vを脅して再雇用に応じさせようと思い,午後
6時頃,ナイフを持ってV方に行った。Vに居間に通された後,Vを脅すために,何も言
わずにVの方に刃先を向けてナイフを構えたところ,突然Vが向かってきたので,とっさ
に目を閉じて後ずさりした。次の瞬間,強い衝撃を手に感じ,目を開けるとVの胸にナイ
フが突き刺さっていたので怖くなり,そのナイフを抜き取って逃げた。」
5 検察官Pは,勾留期限までに,Aにつき,Vを被害者とする殺人罪の公訴事実(逮捕勾留
に係る被疑事実と同一の内容)で公訴を提起し,同公訴提起に係る殺人被告事件は,公判前
整理手続に付された。
6 公判前整理手続において,検察官は,「Aは,令和2年2月1日午後6時頃,大声でVを怒
鳴り付けて再雇用を迫ったものの,VがかつてのAの勤務態度を非難して再雇用を断ったた
め,これに憤慨し,殺意をもって,Vの胸部をナイフで1回突き刺し,Vを死亡させた。」な
どと記載した証明予定事実記載書を裁判所に提出するとともに弁護人に送付し,併せて,証
拠①から④,⑧から⑬,⑮及び⑰の各証拠の取調べを裁判所に請求した。
これに対し,Aの弁護人は,証拠⑰と同旨の予定主張を明らかにするとともに,証拠④,
⑪,⑬及び⑮について「不同意」とし,その他の証拠については「同意」との意見を述べた
ので,検察官は,司法解剖医,C及びW2の証人尋問を請求した。
裁判所は,争点を刺突行為及び殺意の有無と整理した上で,司法解剖医,C及びW2につ
き,いずれも証人として尋問する旨の決定をするなどし,公判前整理手続を終結した。
7 その後,第1回公判期日までの間において,Aの弁護人は,Aについて保釈の請求をした
が,H地方裁判所裁判官は,刑事訴訟法第89条第1号及び第4号に該当する事由があり,
また,同法第90条に基づく職権による保釈を許すべき事情も認められないとして,同保釈
請求を却下した。
8 公判期日に実施されたCの証人尋問において,検察官が,Cに対し,事件当日の夜にAか
ら電話で聞かされた内容について質問し,Cが証拠⑬と同旨の証言をしたところ,㋒Aの弁
護人は,「ただ今の証言は証拠能力のない伝聞供述であるから,証拠排除を求める。」と述べ
た。裁判長が検察官に意見を求めたところ,検察官は,弁護人の申立てには理由がない旨を
条文上の根拠とともに答えた。
〔設問1〕
⑴ 下線部㋐に関し,検察官Pは,V方1階居間中央の応接テーブル上面にAの指紋が付着
していた事実は,Aの犯人性を推認させる間接事実であるが,その推認力は限定的である
と考えた。その思考過程を,具体的事実を指摘しつつ答えなさい。なお,証拠⑤に記載さ
れたBの供述の信用性は認められることを前提とする。
⑵ 下線部㋑に関し,検察官PがAの犯人性を十分に推認できると考えた思考過程を,具体
的事実を指摘しつつ答えなさい。なお,証拠⑦に記載されたCの供述の信用性は認められ
ることを前提とする。
〔設問2〕
⑴ 公判前整理手続において,Aの弁護人は,検察官が取調べを請求した証拠の開示を受け,
これらの証拠に対してどのような意見を述べるかを検討するに当たり,犯行が行われた時
刻頃にV方からの物音を聞いた者がW2のほかにいるならば,その者の供述録取書の開示
を受けたいと考えた。この場合,Aの弁護人は,どのような手段を採るべきか,また,そ
の手段を採る際に具体的にどのようなことを明らかにすべきか,条文上の根拠を示しつつ
答えなさい。
⑵ Aの弁護人が上記⑴の手段を採ったのに対し,検察官は,証拠⑥をAの弁護人に開示し
た。その検察官の思考過程を,その判断要素を踏まえ,具体的事実を指摘しつつ答えなさ
い。
〔設問3〕
下線部㋒に関し,裁判所は,Aの弁護人の申立てに基づき証拠排除決定をすべきか。検察官
がCの証言によりどのような事実を立証しようとしているかを踏まえた上で,具体的理由を付
して答えなさい。
〔設問4〕
結審後,判決宣告期日までの間に,Aの父親が死亡した。Aの弁護人が勾留中のAとの接
見でその旨を伝えたところ,Aから「父の葬儀にだけは出席したい。何とか出席できるよう
にしてほしい。」と依頼された。Aの弁護人が採り得る複数の手段について,条文上の根拠を
示しつつ,本事例における具体的な事実関係に即して答えなさい。
論点の一覧
出題の趣旨をもとに、採点で問われる点を整理したものです(配点は 100 点満点に換算した目安)。
設問1(1)
- 指紋という間接事実の基本的推認構造(接触の事実→犯人性)の摘示6点
- 推認力が限定的である理由(時間的幅・犯行との結び付きの弱さ等)9点
- 指紋以外の既存証拠(動機・怒鳴り声等)の推認力の評価4点・簡潔に
設問1(2)
- Cに対するAの発言(秘密の暴露を含む犯人しか知り得ない事実)の推認力12点
- 既存の間接事実との総合評価(指紋・動機・怒鳴り声との結合)10点
設問2(1)
- 採るべき手段=類型証拠開示請求(刑訴法316条の15第1項)の特定6点
- 請求に際して明らかにすべき事項(316条の15第3項)7点
設問2(2)
- 証拠⑥の類型該当性と開示の要否判断(重要性・必要性と弊害の比較衡量)10点
設問3
- 検察官の立証趣旨の把握(要証事実の設定)6点
- 伝聞法則の適用・被告人の供述を内容とする証言の処理(324条1項・322条1項)12点
設問4
- 保釈請求(再度の保釈・事情変更)7点
- 勾留の取消し・執行停止等その他の手段7点
全体
- 論理的構成・文章表現・事実の引用の適切さ4点
出題の趣旨(法務省公表)
本問は,犯人性あるいは実行行為・殺意が争点となる殺人事件を題材に,犯人性
の認定における間接事実の推認力(設問1),類型証拠開示請求の要件及び類型証
拠該当性(設問2),被告人の供述を内容とする証言の証拠能力(設問3),被告人
を身柄拘束から解放する手段(設問4)について,【事例】に現れた証拠や事実,
手続の経過を適切に把握した上で,法曹三者それぞれの立場から,その思考過程及
び採るべき具体的対応について解答することを求めており,刑事事実認定の基本構
造及び刑事手続についての基本的知識の理解並びに基礎的実務能力を試すものであ
る。
参考答案と AI 採点
第1 設問1 1 小問⑴ ⑴ 証拠③により、V方1階居間中央の応接テーブル上面からAの指紋が検出された。指紋は万人不同・終生不変であり、その者が当該部位に接触した事実を高度の確実性…
この問題の参考答案(出題の趣旨と照合済み)は Pro で読めます。自分で答案を書けば、論点の一覧に沿って AI が採点し、参考答案と項目ごとに見比べられます。
答案を書いて AI 採点する出典:法務省「令和2年予備試験」(問題文・出題の趣旨。表示のため改行等を整えています)。論点の一覧・参考答案は AI を用いて X-Law合同会社が作成したもので、誤りを含む可能性があります。
