令和7年 司法試験 論文式 民法 出題の趣旨・論点・解説
問題
〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕及び〔設問2〕の配点は、55:45〕)
論点の一覧
出題の趣旨・採点実感をもとに、採点で問われる点を整理したものです(配点は 100 点満点に換算した目安)。
設問1(1)ア
- 使用者責任(民法715条1項)の要件のうち被用者の不法行為・使用関係の確認3点・簡潔に
- 「事業の執行について」要件の規範(暴行類型=執行行為契機性・密接関連性)と当てはめ8点
設問1(1)イ
- 被害者側の過失による過失相殺の規範(民法722条2項)7点
- 配偶者が運転する車への同乗事例への当てはめと合理性の説明6点
- 婚姻関係破綻の「特段の事情」と基準時6点
設問1(2)ア
- BとCの損害賠償債務の関係(連帯債務か不真正連帯か)と連帯債務の規定の適用可否6点
- Cの債務の混同による消滅とBの債務への影響(520条・440条)7点
設問1(2)イ
- BD間の求償関係と最終的な負担5点
設問1(3)
- 取締規定違反の契約の効力の判断枠組みと無効主張の根拠5点
- 委任契約の無効と和解契約の効力の区別・総合考慮による結論7点
設問2ア
- 契約①の取消し(未成年者・共同行使・825条)と取消しの効果10点
- 取消し後の第三者Eとの関係(178条)とEの占有改定による即時取得の否定7点
- Fの指図による占有移転による即時取得の否定とGの即時取得の成立8点
設問2イ
- DのFに対する不当利得(侵害利得)返還請求権の成否4点
- 返還すべき利得の額(代金35万円か適正価額30万円か)と対価控除の可否7点
全体
- 論理的一貫性・構成・表現4点
出題の趣旨(法務省公表)
1 設問1について
⑴ 設問1⑴は、事業執行に関連して行われた威嚇行為に起因する自動車事故によって同乗
者が負傷した事例に基づき、使用者責任の成否とともに、自動車を運転していた配偶者の
過失による過失相殺の可否についての検討を求めるものである。
設問1⑵は、同一の損害について複数の加害者が損害賠償債務を負い、そのうちの一人
の賠償債務について混同が生じた事例に基づき、混同が他の賠償債務に及ぼす影響ととも
に、賠償債務者相互の間での求償関係についての検討を求めるものである。
設問1⑶は、無資格者が委任者を代理して和解契約を締結したことが弁護士法第72条
の規定に違反する事例に基づき、取締規定(取締法規)違反の契約の効力についての検討
を求めるものである。
⑵ 設問1⑴アでは、Dは、下線部㋐において、Aの本件威嚇行為による本件負傷について
Bの使用者責任が成立することを主張している。使用者責任の要件(民法第715条第1
項)を、順次、検討することが求められる。
ア まず、被用者の不法行為の要件については、設問上、Aは本件威嚇行為による本件負
傷について不法行為による損害賠償責任を負うものとされている。また、AはBの従業
員であるので、使用関係要件も満たす。
イ 問題となるのは、事業執行性要件である。本件威嚇行為は、職務の執行行為そのもの
に属するものではないが、「事業の執行について」されたといえるのか。判例を踏まえ
た検討が求められる。
判例は、被用者による職務権限の逸脱・濫用行為が問題となる事件類型では、「行為
の外形から観察して、恰も被用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる場合」
にも事業執行性が認められるとする(最判昭和36年6月9日民集15巻6号1546
頁、最判昭和37年11月8日民集16巻11号2255頁ほか)。他方、被用者によ
る暴行が問題となった事件類型では、「事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連
を有すると認められる行為」に該当する場合に、事業執行性要件を満たすとする(最判
昭和44年11月18日民集23巻11号2079頁、最判昭和46年6月22日民集
25巻4号566頁)。
Aによる本件威嚇行為は、暴行に準ずるものであり、執行行為契機性・密接関連性の
基準が妥当する後者の事件類型に該当する。Aは、業務のため自動車を運転中に他の自
動車の運転者と口論となり、口論中に挑発されて本件威嚇行為に出たものであるから、
上記基準を満たし、業務執行性が肯定される。
ウ 結論として、本件負傷についてはBの使用者責任が成立するものと考えられる。
⑶ 設問1⑴イでは、Bは、下線部㋑の反論において、本件事故の発生についてのCの過失
による過失相殺を主張しているものと解される。
ア Cの過失は、被害者Dの過失ではないことから、まずは、第三者の過失によっても過
失相殺が認められるかを検討しなければならない。
判例は、民法第722条第2項の「過失」は、「被害者側の過失」を包含する趣旨で
あり、「被害者と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者
の過失」がこれに該当するとする(最判昭和42年6月27日民集21巻6号1507
頁)。「被害者側の過失」による過失相殺が認められる事件類型には、いくつかのもの
があるが、配偶者が運転する自動車に同乗していた者が第三者の運転する自動車との衝
突により負傷した場合に、配偶者の過失が「被害者側の過失」とされる類型も、その一
つである(最判昭和51年3月25日民集30巻2号160頁)。この類型での被害者
側の過失による過失相殺の合理性については、求償関係の一挙解決及び紛争の一回的処
理がいわれる(前掲・最判昭和51年3月25日)。
設例では、Dの配偶者Cにハンドル操作のミスがあったことから、上記の事件類型に
該当し、Dの損害賠償請求につき、Cの過失による過失相殺が認められ得る。
イ もっとも、判例は、同乗被害者の配偶者の過失について、「夫婦の婚姻関係が既に破
錠にひんしているなど特段の事情」がある場合には過失相殺が認められないとする(前
掲・最判昭和51年3月25日)。設例では、この例外に該当しないかについても検討
が求められる。
例外該当性の検討に当たっては、どの時点において「特段の事情」が存在すべきであ
るのかが問題となる。この点については、被害者側の過失が結果発生に競合する時点で
ある不法行為時を基準とする立場と、求償関係の一挙解決の要請が現実化する時点であ
る損害賠償請求時を基準とする立場とが、考えられる。CD間の婚姻関係は、本件事故
の発生時には円満であったが、その後、請求時までに破綻しているから、いずれの立場
をとるかによって、前記の例外に該当するか否かの判断が異なることになる。
⑷ 設問1⑵アでは、Bは、下線部㋒において、Cの損害賠償債務に生じた混同の効力によ
ってBの損害賠償債務が消滅することを主張しており、また、設問1⑵イでは、賠償債務
者BC(BD)の間での求償関係が問われている。
ア これらの点を検討する前提として、まずは、CとBの債務が連帯債務の関係にあり民
法の連帯債務の規定が適用されるのかについて考察することが必要である。
本件負傷によりDに生じた損害については、Bが使用者責任に基づく損害賠償債務を
負うとともに、Cも不法行為による損害賠償債務を負う。民法第719条第1項及び第
436条の文言からは、共同不法行為の場合は連帯債務となり、同一の損害について複
数の者が損害賠償債務を負う場合全般について同様のことがいえそうである。
しかし、平成29年法律第44号による改正(以下「平成29年改正」という。)前
の民法の下で、判例は、同一の損害について複数の者が損害賠償債務を負う場合を不真
正連帯債務とし、民法の連帯債務の規定のいくつかにつき、その適用を排除していた(最
判昭和45年4月21日集民99号89頁、最判昭和48年1月30日集民108号1
19頁、最判昭和57年3月4日集民135号269頁など)。
この点に関しては、現行法の下でもなお連帯債務の規定の適用が排除されるべきであ
るのかも、問われ得る。平成29年改正によって絶対的効力事由に関する規律が大幅な
見直しを受けたことにより、連帯債務の規定は、これまで不真正連帯債務とされてきた
場合への適用に支障がなくなったともいわれる。他方で、設問1⑵ア・イとの関係で問
題となるのは、次述のとおり、平成29年改正において変更されなかった連帯債務の規
定であって、同改正前における判例が不真正連帯債務への適用を排除していたものであ
ることにも、留意しなければならない。
そのため、CとBの損害賠償債務が連帯債務の関係にあり連帯債務の当該規律が適用
されるか否かについては、両論が成り立ち得る。いずれかの見解を、その根拠とともに
述べることが望まれる。
イ 次に、賠償債務者の一人の賠償債務に生じた混同の影響や、賠償債務者相互の間での
求償関係について、前記アでの検討を基礎においた検討が求められる。
(ア) CとBの損害賠償債務が連帯債務の関係にあり民法第440条及び第442条の規
定が適用されるとみる立場からは、設例では、DがCについて単独相続をしたことに
より、Cの損害賠償債務について混同が生ずる(民法第520条)。連帯債務者Cの
債務に生じた混同は、他の連帯債務者Bにも効力を及ぼし、Bの損害賠償債務が全部
消滅する(民法第440条)。Bによる下線部㋒の主張は、このことを主張するもの
である。
この場合に、BD間では、DのBに対する求償権(民法第442条)が問題となる。
混同が生じた連帯債務者C(D)は、その損害賠償債務を全額弁済したものとみなさ
れる(民法第440条)から、他の連帯債務者Bに対し、Bの負担部分に応じた額の
求償権を取得する。
本件事故についてのAとCの過失割合は2対8であるから、Aの使用者であるBと
C(D)の間での責任割合も2対8となり、Dの求償権の額は、損害賠償債務の額の
2割となる。
(イ) これと対極的な立場として、CとBの損害賠償債務を不真正連帯の関係にあると解
して民法第440条の規定の適用を排除する見解も考えられる。平成29年改正前の
民法の下で、判例は、不真正連帯債務には、混同の絶対的効力を定める民法の規定が
適用されないとしていた(前掲・最判昭和48年1月30日)。これに従えば、Cの
損害賠償債務に混同が生じた場合にも、Bの損害賠償債務は特に影響を受けず、その
まま存続することになる。
この場合に、BD間では、BがDに対しその損害賠償債務を履行したときに、Bか
らDに対する求償が問題となる。平成29年改正前の民法の下で、判例は、不真正連
帯債務においては、連帯債務におけると異なり、加害者が自己の負担部分を超えて被
害者に損害を賠償したことが求償権の要件となるとしていた(最判昭和63年7月1
日民集42巻6号451頁)。これに従えば、Bは、Dに対する損害賠償債務の額の
2割を超えて弁済した場合に、その超える部分につき、Dに対する求償権を取得する。
⑸ 設問1⑶では、Bは、下線部㋓の反論において、弁護士法第72条の規定に違反してさ
れた本件和解は無効であると主張している。同条はいわゆる非弁行為を禁じる取締規定に
当たり、本件和解に関しては、取締規定違反の契約の効力についての検討が求められる。
ア 取締規定違反の契約が無効となるかは、①取締規定の目的に照らして契約の効力を否
定することが要請されるか、また他方で、②契約の効力を否定することによって取引の
安全や当事者間の信義・公平が害されないかを、総合的に考慮して判断される。無効と
する場合の法律構成は、強行規定違反(民法第91条参照)又は公序良俗違反(民法第
90条)による。
イ Eは、弁護士法第72条の規定に違反して、Dとの間で委任契約を締結し、また、D
を代理してBとの間で本件和解を締結している。同条による禁止の目的を達するために
は、無資格者がした委任契約は無効とされるべきであるが(最判昭和38年6月13日
民集17巻5号744頁参照)、委任者を代理してした和解契約の効力まで否定する必
要はない。かえって、和解契約の効力を否定する場合には、紛争が解決されたものと理
解している当事者の利益を害するおそれがある。設例におけるBが弁護士法違反を口実
に本件和解の無効を主張することは、当事者間における信義・公平に反しよう。
設問に引用した判決も、認定司法書士が委任者を代理して和解契約を締結することが
弁護士法第72条に違反する場合につき、当該和解契約は、その内容及び締結に至る経
緯等に照らし、公序良俗違反の性質を帯びるに至るような特段の事情がない限り、無効
とはならないとしている(最判平成29年7月24日民集71巻6号969頁)。
ウ 結論として、本件和解は無効とならず、Bは、反論㋓によりDの請求を拒むことがで
きないと考えられる。
以上と異なり、前記判決(前掲・最判平成29年7月24日)の射程が及ぶ範囲につ
いての検討に基づき、本件和解は無効であるとする立論も、考えられる。
2 設問2について
⑴ 設問2は、未成年者がした動産の交換契約が取り消された後に、当該動産が他に売却さ
れて転売が重ねられた事例に基づき、問のアにおいて、父母の一方が共同の名義でした取
消しの意思表示の効力並びに占有改定及び指図による占有移転に基づく即時取得の成否等
に関する検討を求め、また、問のイにおいては、転売主に対する不当利得(侵害利得)返
還請求について、当該転売主がした転売に係る適正価額を上回る代金相当額の請求の可否
及び転売主が原売主に対して支払った代金額の控除の可否に関する検討を求めるものであ
る。
⑵ 設問2のアでは、契約①とその取消し、契約②、契約③及び契約④の各段階において乙
の所有権がどのように変動したかを順次、検討することが求められる。
ア もともとDに属していた乙の所有権は、契約①に基づき、DからCに移転した(民法
第176条)。
しかし、その後、Aが契約①を取り消す旨の意思表示をした。そのため、当該意思表
示の効力いかんについて検討する必要がある。
Cは、契約①を締結した時点では未成年であり(民法第4条)、かつ、契約①の締結
に関して法定代理人であるA及びB(民法第818条第1項、第824条本文)の各同
意(民法第5条第1項本文、第818条第3項本文)を得ていなかった。そのため、A
とBとは、契約①を取り消すことができる(民法第5条第2項、第120条第1項)。
契約①を取り消すには、A及びBは、共同して取消しの意思表示をしなければならな
い(民法第818条第3項本文)。しかし、Aは、Bに無断で、契約①を取り消す旨の
意思表示をしており、しかも、Bには契約①を取り消す意思はなかった(【事実Ⅱ】2
及び3)。もっとも、Aによる取消しの意思表示(法律行為)は、Bとの共同の名義で
されたものであり、かつ、Dは、当該法律行為がBの意思に反することを知らなかった
(【事実Ⅱ】3)。それゆえ、契約①の取消しは、その効力を妨げられない(民法第8
25条)。
したがって、契約①は、遡及的に無効となり(民法第121条)、DからCへの乙の
所有権の移転も遡ってその効力を失う。
イ その後、令和7年3月21日に、Eは、Cとの間で、乙を買う旨の契約②を締結した。
Eは、Dとの関係において、取消後の第三者に当たる。しかし、Dは、同月17日、C
から占有改定(民法第183条)の方法によって乙の引渡しを受け(【事実Ⅱ】5)、
取消しによる乙の所有権の回復(CからDへの復帰的物権変動)について対抗要件(民
法第178条)を備えていた。その結果、Dによる乙の所有権の回復が確定し、Cは、
乙に関して無権利者となった。そのため、Eは、契約②に基づき、乙の所有権をCから
承継取得することができない。
ウ それゆえ、Eによる乙の所有権の取得の可否については、即時取得(民法第192条)
の成否を検討しなければならない。特に、Eは、占有改定の方法によってCから乙の引
渡しを受けた(【事実Ⅱ】6)にとどまるため、占有改定に基づく即時取得の成否が問
題となる。
この問題について、判例(最判昭和35年2月11日民集14巻2号168頁)は、
「無権利者から動産の譲渡を受けた場合において、譲受人が民法192条によりその所
有権を取得しうるためには、一般外観上従来の占有状態に変更を生ずるがごとき占有を
取得することを要し、かかる状態に一般外観上変更を来たさないいわゆる占有改定の方
法による取得をもつては足らない」と説示する。この判例によれば、Eは、乙の所有権
を即時取得しないものと考えられる。
エ Eが乙の所有権を即時取得しないとすると、Eとの間で契約③を締結したFもまた、
当該契約に基づき、乙の所有権をEから承継取得することができない。
それゆえ、Fによる乙の所有権の取得の可否についても、乙の所有権の即時取得の成
否を検討しなければならない。特に、Fは、指図による占有移転(民法第184条)の
方法によってEから乙の引渡しを受けた(【事実Ⅱ】7)にとどまるため、指図による
占有移転に基づく即時取得の成否が問題となる。
判例には、指図による占有移転に基づく即時取得の成立を肯定するもの(最判昭和5
7年9月7日民集36巻8号1527頁)とこれを否定するもの(大判昭和8年2月1
3日新聞3520号11頁)とがあり、このような結論の相違は、各判例がそれぞれの
判断の基礎とした事案の特徴の違いに由来するものと一般に理解されている。
とりわけ、即時取得の成立を否定した後者の判例は、Pが、Qから預かり現に占有し
ているQ所有の動産を、Qに無断でRに売り、占有改定の方法によって当該動産をRに
引き渡した後、RがそれをSに転売した上で、Pに対して、以後、その動産をSのため
に占有することを命じ、Sがこれを承諾した、との事案に関するものである。すなわち、
この事案では、動産の占有はPの下から一度も動いておらず、その点において、当該事
案は、占有改定による即時取得の成否が問題となる事案と特徴を同じくする。
そして、本問の事案(乙の占有をめぐるC、E及びFの関係)も、まさしく上述の事
案と同じものである。したがって、判例の立場によれば、Fは、乙の所有権を即時取得
しないものと考えられる。
オ Fが乙の所有権を即時取得しないとすると、Fとの間で契約④を締結したGもまた、
当該契約に基づき、乙の所有権をFから承継取得することができない。
しかし、Gは、Fが乙の所有者であると過失なく信じた上で、契約④という取引行為
に基づき、乙の現実の引渡し(民法第182条1項)を受けた(【事実Ⅱ】8)。その
ため、Gは、乙の所有権を即時取得する。
⑶ 設問2のイでは、Dは、請求2として、Fに対し、不当利得返還請求権に基づき、35
万円の金銭の支払を求めているものと解される。
ア まず、DのFに対する不当利得返還請求権(いわゆる侵害利得返還請求権)の成否に
ついて論じなければならない。
前記⑵オのとおり、FのGに対する乙の処分は、即時取得の成立要件を全て充足する。
その結果、Fは、本来であれば乙の所有者であるDのみが享受することを許される「乙
を処分すること」という利益を受け(Fによる受益)、その反面において、Dは、当該
利益を失うという損失を被る(Dの損失及び受益と損失との因果関係)。さらに、Fに
は乙の処分権限がないため、Fが当該利益を受けたことについて、法律上の原因も存在
しない。
それゆえ、Dは、Fに対して、不当利得返還請求権を取得する。
イ 次に、DがFに対して不当利得としてその返還を請求し得る利益の内容及びその額に
ついて検討する必要がある。
(ア) 不当利得を受けた者(受益者)は、原則として、その者が受けた利益そのもの(原
物)を返還すべきである(原物返還の原則)。
しかし、原物を返還することが不可能である場合には、上記利益の価値を金銭に見
積もった上で、その額の金銭を支払うという方法(価額返還)によって当該利益を返
還しなければならない。
本問では、Fは、「乙を処分すること」という自らが受けた利益そのもの(原物)
をDに返還することができない。したがって、Fは、Dに対して、価額返還の方法に
よって当該利益を返還すべきこととなる。
そして、この上記利益の価額の算定に関しては、大別して、㋐FがGに対して乙を
処分した際にGからFに支払われた契約④の代金の額(35万円)と同じ額とすべき
である、との見解と、㋑FがGに対して乙を処分した時点における乙の適正価額(客
観的価値。30万円)と同じ額とすべきである、との見解の2つが対立している。
判例には、前記㋐の見解に立つかのように見られるものが多く存在する(大判明治
38年11月30日民録11輯1730頁、大判大正4年3月13日民録21輯37
1頁、大判昭和11年6月30日判決全集3輯7号17頁、大判昭和12年7月3日
民集16巻1089頁、最判平成19年3月8日民集61巻2号479頁)。
他方において、学説では、前記㋑の見解が有力である。
このような判例及び学説の議論状況を踏まえつつ、DがFに対して35万円と30
万円のいずれの金額の金銭の支払を請求し得るか、について論ずることが期待される。
(イ) 以上とは異なる立場として、FがGから受け取った乙の代金(35万円)又はその
一部(乙の適正価額である30万円相当分)を原物の代位物と捉える構成も考えられ
る。この立場からは、Dは、不当利得返還請求権に基づき、原物の代位物の引渡しと
して、代金(35万円)相当額又はその一部(乙の適正価額である30万円相当分)
の金額の支払を請求することができるものと解される。
ウ 不当利得返還請求権の額については、さらに、対価控除の可否も問われる。Fは、乙
をGに対して処分することによって一定の利益を受けた。他方において、乙をEから入
手する際にその対価をEに支払った。そのため、Fが乙の処分によって現実に受けた利
益の額、すなわちFがDに対して不当利得の返還として支払うべき金銭の額は、乙に関
する契約④の代金の額又は乙の適正価額から上記対価の額(30万円)を控除した額と
すべきではないか、が問題となる。
このような対価控除の主張の可否について判断した最高裁判所の判例は、現在のとこ
ろ、存在しない。
また、学説においては、対価控除の問題の位置付けに関して議論があるものの、結論
として、対価控除の主張を認めるべきではない、と唱える見解が有力である。本問で、
もしFが乙をGに引き渡す前に、Dが所有権に基づく返還請求権を行使して、Fに対し、
乙の引渡しを請求していたとすれば、Fは、Dに対して、対価控除の主張をすることな
く乙を引き渡さなければならないはずだからである。物権的返還請求権が消滅し、不当
利得返還請求権が発生した途端に、このようなDF間の利益状況が変化するものと考え
るべき理由は、見当たらない。ただし、対価控除の主張を肯定する見解も学説上、主張
されている。
本問においては、以上のような議論状況を踏まえて、Fによる対価控除の主張の可否
について検討することが期待される。
参考答案と AI 採点
この問題の参考答案(出題の趣旨と照合済み)は Pro で読めます。自分で答案を書けば、論点の一覧に沿って AI が採点し、参考答案と項目ごとに見比べられます。
答案を書いて AI 採点する出典:法務省「令和7年司法試験」(問題文・出題の趣旨。表示のため改行等を整えています)。論点の一覧・参考答案は AI を用いて X-Law合同会社が作成したもので、誤りを含む可能性があります。
