令和元年 司法試験 論文式 民法 出題の趣旨・論点・解説
問題
〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕及び〔設問3〕の配点は,35:30:35〕)
論点の一覧
出題の趣旨・採点実感をもとに、採点で問われる点を整理したものです(配点は 100 点満点に換算した目安)。
設問1
- 建物の敷地からの独立性と、請負契約当事者の合意による新築建物所有権の帰属決定4点・簡潔に
- 合意がない場合の引渡し前の所有権帰属(請負人帰属説/注文者帰属説)とその根拠10点
- 代金支払による例外則の内容・根拠と本問(8割支払済み)へのあてはめ9点
- 土地工作物責任(民法第717条第1項)の要件該当性—工作物性・設置又は保存の瑕疵・損害・因果関係6点
- 占有者Bの免責と所有者Aの二次的責任4点
設問2
- 下線部㋐の根拠—Hへの賃貸人の地位の承継(合意承継・法定承継)8点
- 下線部㋑の前提—将来賃料債権譲渡(本件譲渡契約)の有効性6点
- 将来賃料債権譲渡の第三者対抗要件の具備4点・簡潔に
- ㋐㋑のいずれが正当か—理論的な理由6点
- ㋐㋑のいずれが正当か—結論の妥当性の観点からの理由と結論4点
設問3
- 本件債務引受契約の無効原因として問題とすべき動機の特定6点
- 動機の錯誤による意思表示の無効の要件に関する規範定立10点
- 動機の表示の有無のあてはめ7点
- 動機の法律行為の内容化・錯誤の重要性(要素性)のあてはめ6点
- Hの重大な過失の有無4点・簡潔に
全体
- 論理的構成・一貫性・表現6点
出題の趣旨(法務省公表)
本問は,民法の幅広い分野から,民法の基礎的な理解とともにその応用力を問うものであ
り,当事者の主張を踏まえつつ法律問題の相互理解や事案の特殊性を論理的に分析して自説
を展開する能力が試されている。
設問1は,建物新築請負契約に基づき請負人が工事を完了して,注文者所有土地上に建物
を完成させたが,引渡しは未了の段階における当該新築建物の所有権の帰属と,所有権の帰
属先とされることに伴う責任を問うものである。新築建物の所有権の帰属は,多数の関連判
例(大判明治37年6月22日民録10輯861頁,大判昭和18年7月20日民集22巻
660頁,最判昭和44年9月12日判例時報572号25頁,最判昭和46年3月5日判
例時報628号48頁等)がある典型的な論点であるが,これを中心としつつ,物権法,契
約法,不法行為法にまたがる複数の制度・規定についての検討を求めることを通じて,民法
の基本的な理解と事案に即した論理展開能力が問われている。
設問1の前半では,新築建物の引渡し前の所有権の帰属が問題となるが,その前提として,
建物は,その敷地とは別個独立に所有権の客体となることを確認する必要がある。
その上で,建物新築請負契約の当事者間に所有権の帰属についての合意があれば,契約自
由の原則により,その合意に従って所有権の帰属が決定されることとなる。これに対し,そ
の合意がない場合における新築建物の引渡し前の所有権の帰属については,いわゆる請負人
帰属説と注文者帰属説とがあり,これについて論ずる必要がある。前記の判例は請負人帰属
説に立っていると理解されているが,その規律内容を知識として有しているだけではなく,
根拠を正確に理解していることが求められる。請負人帰属説と注文者帰属説のいずれの立場
によっても構わないが,自己の採用した立場から一貫性のある法律構成をすることが必要で
ある。
請負人帰属説に立つ場合には,新築建物の所有権の帰属について特段の合意がない場合に
は物権法の原則が妥当し,材料の所有権が積み上げられて完成した建物となることなどの理
由から,材料の全部又は主要部分の提供者が誰かによって所有権の帰属が決せられることを
原則としつつ,例外則として,注文者が代金の支払をしていたときは注文者が所有権を取得
することを論ずべきことになる。
本問では,材料はその全部を請負人が調達して提供しており,本件事故時において建物は
既に完成しているが,代金は8割が支払済みであるという事情がある。上記の代金支払によ
る例外則の内容については,定式として,全額の支払を必要とする考え方と,大半が支払済
みであればよいとする考え方とがあるが,いずれの定式によるのかを明確にしつつ,それと
整合的な理由の提示が求められる。
例外則の根拠については,大別して,㋐材料の提供の実質に求める考え方と,㋑当事者の
黙示の合意に求める考え方とがあり得る。
上記㋐の考え方は,材料の全部又は主要部分の提供者がいずれであるかによって決せられ
るという原則に照らして,代金の全額又は大半が支払われているときは,注文者が材料の原
資を出しているといえるから,注文者が材料の提供者と考えることができるとする。この考
え方によれば,「大半」といえるかどうかは,支払われた代金が材料の全部又は主要部分の費
用に相当するかどうかが判断基準となり,この観点から,本問の事実の評価がされることに
なる。
上記㋑の考え方からは,請負契約は,注文者が仕事の結果に対して報酬を支払うものであ
るから,代金の全額が支払われた以上,仕事の結果である建物の所有権は注文者が取得する
というのが両当事者の合理的意思であると考えられ,このような両当事者の意思(黙示の合
意)を基礎として,全額支払済みの場合に例外則を発動させるとする見解が導かれ得る。
他方で,大半の支払の段階でも,注文者は,建物を取得するために契約をしたのであるか
ら所有権を取得することができると考え,請負人も,報酬確保について懸念がなければ所有
権を保持する利益がなく,所有権を注文者に取得させることに異存はないのが通常であると
も考えられる。そこで,このような両当事者の意思(黙示の合意)を基礎として例外則を発
動させるとする見解も導かれ得る。この見解によれば,報酬確保として懸念のない状態にあ
るかどうかが判断基準となり,この観点から,本問の事実の評価がされることになる。
以上に対し,注文者帰属説に立つ場合には,判例が採用していると考えられる請負人帰属
説の内容を示してこれを批判し,注文者帰属説を採用すべき理由を論ずることが求められる。
注文者帰属説による場合には,注文者への帰属を排除する特段の合意がない限り,甲建物は
注文者Aに帰属すると結論付けることになる。
なお,所有権の帰属の決定に当たっては,前記のとおり,契約当事者の合意がまず基準と
なるところ,請負人帰属説か注文者帰属説かの対立に触れることなく,本問における契約内
容,特に代金分割支払の合意内容等を詳細に分析・評価し,所有権の帰属についての(黙示
の)合意を認定するという構成も妨げられるものではない。
設問1の後半は,注文者Aが甲建物の所有者であると仮定し,請負人Bが甲建物を占有し
ている中でのAの土地工作物責任(民法第717条第1項ただし書)を論じさせることを通
じて,土地工作物責任に関する基本的な理解と事例に即した法適用能力を問うものである。
建物が土地工作物に該当することには異論がないと考えられるが,設置又は保存の瑕疵に
ついては,土地工作物が通常備えるべき安全性を欠くことを意味することを指摘した上で,
本問の事実関係のもとでの評価を示すことが求められる。甲建物は,震度5弱の地震に対す
る強度を備えておらず一部の損傷を生じているが,このような建物は,通常備えるべき安全
性を備えていたとはいえず,設置の瑕疵があったといえる。
また,設置の瑕疵によってCを負傷させ,治療費の支出を余儀なくさせているから,損害
の発生,因果関係が認められることを指摘する必要がある。
甲建物は,引渡し前であり,請負人Bの管理・支配下にある。民法第717条第1項の「占
有者」の概念については争いがあるが,本問の場合は,いずれにしてもBが占有者に該当す
るため,占有者概念を詳述する必要はない。
所有者Aが土地工作物責任を負うか否かについて最も問題となるのは,占有者であるBが
損害発生の防止に必要な注意を尽くしたかである。占有者の必要な注意とは,その種の占有
者として通常尽くすべき注意を意味するが,このことを明らかにした上で,本問の事実を評
価することが求められる。
【事実】5のとおり,甲建物の「瑕疵」は甲建物に用いられた建築資材の欠陥によるもの
であるが,この資材は定評があり,多くの新築建物に用いられていた。欠陥品が甲建物に用
いられることになったのは,製造業者において検査漏れがあり,流通経路を経て,たまたま
甲建物に用いられたという事情による。しかも,この事情は,本件事故を契機とした調査が
行われて初めて明らかになっている。これらの事情からすれば,Bとして,逐一建築資材の
強度を個別に検査することまでは要求されず,損害の発生の防止に必要な注意をしたと評価
されよう。
これに対し,占有者の注意義務を高度なものとしてとらえ,実質的には無過失責任に近い
ものとして考える場合には,異なる結論を導く余地があるが,その場合には,そのような捉
え方をすべきことを説得的に展開することが求められる。
また,以上と異なり,設置・保存の瑕疵について,通常備えるべき安全性を確保すべき義
務に違反したことをいうとする立場を採用することも妨げられないが,その場合には,その
ような立場に立脚すべき根拠を丁寧に,かつ,説得的に展開する必要がある。
設問2は,不動産の賃貸借から将来生ずべき賃料債権の譲渡がされた場合において,譲渡
人がその不動産を売却し,賃貸人の地位が新所有者に承継されたときに,将来賃料債権譲渡
の効力はその承継後の賃貸借から生ずる賃料債権に及ぶかを問うものであり,基本的事項に
関する知識とこれを踏まえた論理的思考力が試されている。
この問題に関連する判例として,最判平成10年3月24日民集52巻2号399頁があ
るが,将来賃料債権の差押えの効力が発生した後に,賃貸借の目的不動産が譲渡され,それ
により第三者が賃貸人の地位を承継したとしても,その第三者は,当該不動産に係る賃料債
権を取得したことを差押債権者に対抗することができないとするものであり,本問のように,
私人間の契約によって将来賃料債権が譲渡された後に賃貸借の目的不動産が譲渡された事案
についての判例はない。
本問では,第三者対抗力を備えた将来賃料債権譲渡がされた場合において,賃料債権を生
ずべき賃貸借の目的不動産が譲渡されたときに,将来賃料債権譲渡と目的不動産の譲渡のい
ずれの効力が優先すると考えるべきかを,種々の事情を考慮しながら検討することが求めら
れる。
下線部㋐は,賃貸借の目的不動産の譲渡の効力が優先するとするものである。Hとしては,
これを根拠付けるために,Hが乙建物の所有者となったことによりEに対する賃貸人となっ
たことを主張すると考えられる。
これに関する確立した判例法理を前提とするならば,本問では,DH間の合意による賃貸
人の地位の承継(以下「合意承継」という。),Hが乙建物を取得したことによる賃貸人の地
位の当然承継(以下「法定承継」という。)のいずれも成り立つ(合意承継につき,最判昭和
46年4月23日民集25巻3号388頁。法定承継につき,大判大正10年5月30日民
録27輯1013頁等)。これらの判例法理と異なる考え方を採る場合には,判例法理を示し,
その問題点を挙げ,採用すべき他の考え方を理由とともに示す必要がある。なお,判例法理
に従う場合も,合意承継と法定承継との要件の違いを意識した論述が求められるとともに,
合意承継については,契約上の地位の移転の一種であるにもかかわらず賃借人の同意を要し
ない理由を,法定承継については,目的不動産の所有権の移転により賃貸人の地位が当然に
移転する理由を示すことが望ましい。
下線部㋑は,将来賃料債権譲渡の効力が優先するとするものである。下線部㋑が正当とさ
れるためには,本件譲渡契約が有効であり,かつ,Fがその契約による将来賃料債権の取得
を第三者に対抗することができることが必要である。
将来債権を譲渡する契約は,譲渡の目的とされる債権が特定されている場合には原則とし
て有効であるとしつつ,例えば,その将来債権譲渡が,あまりに長期にわたる包括的なもの
であり,譲渡人の営業活動等に対して過度の制限を加え又は他の債権者に不当な利益を加え
るものであると見られるなどの特段の事情があるときは,公序良俗違反などのため全部又は
一部が無効になることがある,とするのが判例である(最判平成11年1月29日民集53
巻1号151頁)。また,判例は,将来債権譲渡について第三者対抗要件を具備するためには,
指名債権譲渡の対抗要件(民法第467条第2項)の方法によることができるとする(最判
平成13年11月22日民集55巻6号1056頁)。
以上の判例に従う場合,本件譲渡契約は,「本件賃貸借契約による平成28年9月分から平
成40年8月分までの賃料債権」(【事実】8)と譲渡の対象が特定されており,譲渡期間は
12年と比較的長期であるものの,この一事をもって公序良俗に反するとまではいえないか
ら,有効であると認められる。また,本件譲渡契約による将来賃料債権譲渡について,【事実】
8のDからEに対する内容証明郵便による通知をもって,第三者対抗要件が具備されている。
したがって,Fは,本件譲渡契約による将来賃料債権の取得を第三者に対抗することができ
る。
上記を前提として,下線部㋐と下線部㋑のうちいずれが正当であるかを考えるべきことに
なるが,その際には理論的な理由と結論の妥当性の観点からの理由を共に挙げることが必要
である。
下線部㋐を正当とする理論的な理由としては,本件譲渡契約における譲渡の対象は将来「債
権」であり,譲渡人Dは,自己が取得すべき債権を処分することはできるが,他人が取得す
べき債権を処分することはできないから,本件譲渡契約の効力は,Hが取得する賃料債権に
及ばないとすることなどが考えられる。また,結論の妥当性の観点からの理由としては,将
来債権譲渡は,もともと将来の債権の発生という不確実な事実に効力をかからせるものであ
り,賃貸借の目的不動産の譲渡により将来賃料債権の譲渡人(D)が取得すべき賃料債権が
発生しなくなることは,当然想定される事態の一つであってやむを得ないことや,将来賃料
債権の譲受人(F)が権利を失うことになる不利益は,将来賃料債権譲渡の契約の当事者(D
及びF)の間で解決されるべき問題であることなどが考えられる。
これに対し,下線部㋑を正当とする理論的な理由としては,本問における将来賃料債権の
譲渡は,本件賃貸借契約から将来生ずる賃料債権を譲渡の目的とするところ,Hは本件賃貸
借契約における賃貸人の地位を承継するのであり,Hの下で生ずる賃料債権も本件賃貸借契
約から生ずるものであるため,本件譲渡契約の効力がなお及ぶと考えられることなどが挙げ
られる。また,結論の妥当性の観点からの理由としては,賃貸借の目的不動産を譲り受けよ
うとする者は,賃借人への照会その他の調査により,将来賃料債権譲渡がされた事実を知る
ことが通常可能であり,実際,本問においてHは本件譲渡契約がされたことを知りつつ本件
売買契約を締結しているから,目的不動産(乙建物)の譲受人(H)が不測の不利益を受け
ることにはならないことや,下線部㋐を正当とすると将来賃料債権譲渡の効力が賃貸借の目
的不動産の譲渡により容易に失われるため,将来賃料債権譲渡の有用性が著しく損なわれて
しまうことなどが考えられる。
下線部㋐と下線部㋑のいずれを正当としてもよいが,解答に当たっては,それぞれを支え
る根幹的な論拠を前提としつつ,他に考慮されるべき事情とその評価について説得的に展開
し,結論を導くことが求められる。
設問3は,いわゆる動機の錯誤による意思表示の無効の要件に関する基本的な理解を問う
ものである。
本件債務引受契約の無効の原因となるのは,Hの錯誤による意思表示である。本件債務引
受契約に関するHの錯誤については2通りの捉え方が可能である。
第1に,Hは,本件売買契約によって乙建物の所有権を取得することによりEから本件賃
貸借契約に係る賃料を収受することができるという認識(以下「下線部㋐の認識」という。)
の下で本件債務引受契約を締結している。そのため,下線部㋐の認識は,Hにとって,本件
債務引受契約の動機であり,下線部㋐の認識が誤りであるという本問の前提に立つと,Hに
動機の錯誤があるということができる。
第2に,【事実】10の②によれば,Hは,Dとの間の本件売買契約によって負う代金債務の
代物弁済として,DのGに対する本件債務を引き受けている。したがって,Hは,Dに対し
て代金債務を負うことを動機として,本件債務引受契約に係る意思表示をしたと見ることも
できる。この動機は,本件売買契約が有効であることを前提としているが,下線部㋐の認識
が誤りであることによって本件売買契約が無効となれば,HがDに対して代金債務を負って
いないことになるから,Hに動機の錯誤があるということができる。
Hの動機の錯誤を上記のいずれと解してもよいが,そのうちの一方が本件債務引受契約の
無効を導くのであれば,その動機の錯誤について論ずる必要がある(他方について論ずる必
要はない。)。いずれによっても無効にならない場合には,両方の動機の錯誤について論ずる
必要がある。
動機の錯誤による意思表示の無効が認められるか,どのような要件の下で認められるかに
ついては,種々の考え方がある。
判例は,動機の錯誤の場合,民法第95条は当然には適用されないことを前提として,一
定の要件の下でのみ民法第95条による意思表示の無効を認める立場である。ここにいう「一
定の要件」について,「動機が表示されて法律行為(又は意思表示)の内容になった」ことが
必要であるとする理解が一般的であるが,例えば,動機は表示されたならば意思表示の内容
になったと認められるとする理解などもある。
解答に当たっては,動機の錯誤による意思表示の効力や無効とする場合の要件をどのよう
に判断すべきかについて,特定の立場を採ることが求められるものではないが,判例の理解
を踏まえて採るべき立場を理由とともに明らかにし,本問の事実を自説の構成に従って適切
にあてはめることが必要である。
例えば,民法第95条による無効が認められるためには,動機が表示され,かつ,その表
示された動機が当事者の間で法律行為の内容とされたことが必要であるとする立場からは,
次のことを論ずべきことになる。
まず,動機の表示の存否を論ずる必要がある。本件売買契約によって6000万円の代金
債務を負うことが問題とすべき動機であるとする場合には,【事実】10の②から,動機がGに
表示されていたと認められる。これに対し,Hの下線部㋐の認識が問題とすべき動機である
とする場合には,そのことがGに明示されているとまではいえないものの,【事実】10におい
て,Gは,DとHに対し,乙建物の買主は本件賃貸借契約に係る賃料を収受することができ
るという,下線部㋐に相当する認識を述べている。そして,D,G及びHは,Gのこの発言
を受けて本件売買契約の代金額を乙建物の収益性を勘案した額とすること(【事実】10の①),
Hが本件売買契約によって負う代金債務の代物弁済として本件債務の弁済を引き受けること
(【事実】10の②)を合意していることから,Hが下線部㋐の認識の下に本件債務を引き受け
ることが,Gに対し表示されていたと認められる。
次に,その動機が法律行為の内容になったと認められるか否かを論ずる必要がある。その
前提として,「法律行為の内容になる」ということの意味が問題となるが,相手方が意思表示
はその動機を何らかの意味で前提とするものであることを了解していたと認められればよい
とする考え方,相手方が意思表示はその動機の存在を前提として効力が認められるものであ
ることを受け入れていたといえる必要があるとする考え方などがあり得る。後者の考え方を
採る場合には,その動機が誤っているときには意思表示の効力の前提が欠けることになるか
ら,意思表示の無効が原則として認められる。それに対し,前者の考え方を採る場合には,
意思表示が無効となるためには,動機の誤りに加えて,錯誤の重要性が認められなければな
らない。これについても,どの立場であってもよいが,採るべき立場の内容と理由を明確に
示すことが求められる。
その上で,本問の事実を自説に適切に当てはめることが求められる。Hの下線部㋐の認識
が問題とすべき動機であるとし,かつ,動機の法律行為の内容化につき上記のうち前者の立
場を採った場合を例にとれば,Gは,何らの見返りもなく単なる友人の多額の債務を引き受
けることは通常考えられないこと,下線部㋐の認識に相当することを自らD及びHに述べた
上で【事実】10の三者間合意に加わったことから,Hが下線部㋐の認識を前提として本件債
務引受契約を締結することを了解していたと認められる。そして,下線部㋐の認識が誤りで
ある場合,Hは,Dの債務を引き受けることの「見返り」である利益を取得することができ
ず,しかもその額は4500万円近くになることから,この錯誤の重要性は明らかであると
いうことができる。
これに対し,本件売買契約によって代金債務を負うことが問題とすべき動機であるとする
場合には,G及びHは,【事実】10の①~④より,Hがその代金債務を負うことを前提として
本件債務引受契約に応じることを合意したといえるから,Hがその代金債務を負うことが本
件債務引受契約の前提であるとGは了解しており,Hの錯誤の重要性も当然に認められると
説明することも,GはHがDに対する代金債務を負わないのであれば本件債務引受契約は無
効になることを受け入れていたと説明することもできる。なお,この場合には,Hは下線部
㋐の認識が誤りであることにより本件売買契約に係る意思表示の無効を主張することができ
るかを,動機の錯誤による意思表示の無効が認められるための要件として自ら示したものに
従って,論ずることが必要になる。
表意者に重大な過失があったときは,表意者は,錯誤による意思表示の無効を主張するこ
とができない。本問においても,Hに重大な過失があると認められるか,具体的には,Hが
下線部㋐のように考えたことが重大な過失に当たるかを論ずる必要がある。これについては,
事実を踏まえて結論を示すことが必要であり,その際,次に述べるような検討をすることが
望ましい。
下線部㋐と下線部㋑のいずれが正当であるかは,法の解釈の問題であり,法を正しく解釈
しないことは「法の不知」の一種といえなくもない。仮にそうであれば,「法の不知は保護し
ない」という法諺が妥当するとして,Hの重大な過失が認められることにもなり得る。しか
しながら,下線部㋐と下線部㋑のいずれが正当であるかについて,判例も一般的といえる解
釈も存在せず,取引社会の構成員として当然に知っているべきであるとはいえない。したが
って,下線部㋐のように法の解釈を誤ったことをもってHは保護に値しないとすることは,
適当でないと考えられる。仮にそのように考えない場合であっても,【事実】10からGも下線
部㋐の認識の下に本件債務引受契約を締結したといえることから,GはHと同一の錯誤に陥
っていたと認められ,契約の有効に対するGの信頼は保護に値せず,Hによる意思表示の無
効の主張は妨げられないと解される。
参考答案と AI 採点
この問題の参考答案(出題の趣旨と照合済み)は Pro で読めます。自分で答案を書けば、論点の一覧に沿って AI が採点し、参考答案と項目ごとに見比べられます。
答案を書いて AI 採点する出典:法務省「令和元年司法試験」(問題文・出題の趣旨。表示のため改行等を整えています)。論点の一覧・参考答案は AI を用いて X-Law合同会社が作成したもので、誤りを含む可能性があります。
