外務省秘密漏洩事件(西山記者事件)
取材目的の秘密漏示そそのかしも正当業務行為となりうるが、人格の尊厳を著しく蹂躙する取材は違法とした
出題:司法H22・司法H30・予備R5
- 裁判所
- 最高裁判所第一小法廷
- 事件番号
- 昭和51(あ)1581 国家公務員法違反
- 裁判
- 決定・棄却
- 判例集
- 刑集 第32巻3号457頁
- 参照法条
- 国公法100条1項,国公法109条12号,国公法111条,裁判所法3条1項,憲法73条2号,憲法73条3号,刑法35条
判示事項・裁判要旨
裁判所ウェブサイトの判例情報より(原文のまま)
判示事項
一 国家公務員法一〇九条一二号、一〇〇条一項にいう秘密の意義 二 国家公務員法一〇九条一二号、一〇〇条一項にいう秘密の判定 三 外交交渉の概要が記載された電信文案が国家公務員法一〇九条一二号、一〇〇条一項にいう秘密にあたるとされた事例 四 違法秘密にあたらないとされた事例 五 国家公務員法一一一条にいう同法一〇九条一二号、一〇〇条一項所定の行為の「そそのかし」の意義 六 国家公務員法一一一条、一〇九条一二号、一〇〇条一項の「そそのかし」罪の構成要件にあたるとされた事例 七 報道機関による公務員を対象とした秘密の取材と正当業務行為 八 正当な取材活動の限界 九 正当な取材活動の範囲を逸脱しているとされた事例 ―いわゆる外務省秘密漏洩事件―
裁判要旨
一 国家公務員法一〇九条一二号、一〇〇条一項にいう秘密とは、非公知の事実であつて、実質的にもそれを秘密として保護するに値するものをいい、その判定は、司法判断に服する。 二 昭和四六年五月二八日に愛知外務大臣とマイヤー駐日米国大使との間でなされた、いわゆる沖縄返還協定に関する会談の概要が記載された本件一〇三四号電信文案は、国家公務員法一〇九条一二号、一〇〇条一項にいう秘密にあたる。 三 本件対米請求権問題の財源についてのいわゆる密約は、政府がこれによつて憲法秩序に抵触するとまでいえるような行動をしたものではなく、違法秘密ではない。 四 国家公務員法一一一条にいう同法一〇九条一二号、一〇〇条一項所定の行為の「そそのかし」とは、右一〇九条一二号、一〇〇条一項所定の秘密漏示行為を実行させる目的をもつて、公務員に対し、その行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りる慫慂行為をすることを意味する。 五 外務省担当記者であつた被告人が、外務審議官に配付又は回付される文書の授受及び保管の職務を担当していた女性外務事務官に対し、「取材に困つている、助けると思つて安川審議官のところに来る書類を見せてくれ。君や外務省には絶対迷惑をかけない。特に沖縄関係の秘密文書を頼む。」という趣旨の依頼をし、さらに、別の機会に、同女に対し「五月二八日愛知外務大臣とマイヤー大使とが請求権問題で会談するので、その関係書類を持ち出してもらいたい。」旨申し向けた行為は、国家公務員法一一一条、一〇九条一二号、一〇〇条一項の「そそのかし」罪の構成要件にあたる。 六 報道機関が公務員に対し秘密を漏示するようにそそのかしたからといつて、直ちに当該行為の違法性が推定されるものではなく、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為である。 七 当初から秘密文書を入手するための手段として利用する意図で女性の公務員と肉体関係を持ち、同女が右関係のため被告人の依頼を拒み難い心理状態に陥つたことに乗じて秘密文書を持ち出させたなど取材対象者の人格を著しく蹂躪した本件取材行為(判文参照)は、正当な取材活動の範囲を逸脱するものである。
解説
事案
A新聞社政治部の外務省担当記者である被告人は、外務審議官に配付・回付される文書の授受・保管を担当する女性外務事務官Bに接近した。昭和46年5月18日頃、それほど親交のなかったBを初めて誘って酒食を共にし、かなり強引に肉体関係をもった。同月22日にもホテルで関係をもち、その直後に「取材に困つている、助けると思つて安川審議官のところに来る書類を見せてくれ。……特に沖縄関係の秘密文書を頼む。」と懇願して一応の受諾を得た。さらに、愛知外務大臣とマイヤー駐日米国大使の5月28日の会談の関係書類を持ち出すよう申し向けた。Bは関係のため依頼を拒み難い心理状態となり、十数回にわたり秘密文書を持ち出した。その中に、沖縄返還協定に関する会談の概要(対米請求権問題の財源に関するいわゆる密約を含む)を記載した第1034号電信文案があった。
6月17日に協定が締結されて取材の必要がなくなり、同月28日に被告人が渡米して8月上旬に帰国した後は、Bへの態度を急変させて他人行儀となり、関係は立ち消えとなった。また被告人は、情報源が外務省内部の特定の者と容易に判明する電信文案の写しを国会議員に交付した。被告人は国公法111条・109条12号・100条1項(秘密漏示のそそのかし罪)で起訴され、原審(東京高裁)の判断に対し上告した。
争点
- 国公法109条12号・100条1項にいう「秘密」の意義と、その判定が司法判断に服するか
- 本件電信文案(密約部分を含む)が「秘密」にあたるか(違法秘密の主張の当否)
- 国公法111条にいう「そそのかし」の意義とあてはめ
- 報道機関による秘密漏示のそそのかしが正当業務行為(刑法35条)として違法性を阻却されるか、その限界
判旨
上告棄却(有罪の原判決を結論において維持)。
- 秘密:非公知の事実であって、実質的にも秘密として保護するに値すると認められるもの(実質秘)をいい、その判定は司法判断に服する。外交交渉の会談内容は実質秘にあたる。密約部分も、政府が憲法秩序に抵触するとまでいえる行動をしたものではないから、違法秘密ではない。
- そそのかし:秘密漏示行為を実行させる目的で、公務員に対し、その行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りる慫慂行為をすることをいう。本件依頼行為はこれにあたる。
- 正当業務行為の規範:報道機関が取材目的で公務員に秘密漏示をそそのかしても、直ちに違法性が推定されるわけではない。真に報道の目的から出たものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限り、実質的に違法性を欠き正当な業務行為となる。ただし、贈賄・脅迫・強要等の一般刑罰法令に触れる場合はもちろん、触れない場合でも、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等社会観念上是認できない態様であれば、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びる。本件取材行為はこれに該当する。
判決文から
「国家公務員法一〇九条一二号、一〇〇条一項にいう秘密とは、非公知の事実であつて、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいい」
実質秘説の採用
「秘密漏示行為を実行させる目的をもつて、公務員に対し、その行為を実行する決意を新に生じさせるに足りる慫慂行為をすることを意味するものと解するのが相当である」
「そそのかし」の定義
「報道のための取材の自由もまた、憲法二一条の精神に照らし、十分尊重に値するものといわなければならない」
取材の自由の憲法上の位置づけ
「報道機関が取材の目的で公務員に対し秘密を漏示するようにそそのかしたからといつて、そのことだけで、直ちに当該行為の違法性が推定されるものと解するのは相当ではなく」
そそのかしでも違法性は推定されない
「それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきである。」
正当業務行為の判断基準(目的+手段の相当性)
「取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合にも、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びるものといわなければならない。」
刑罰法令に触れなくても違法となる限界
この解説は AI が作成しています。判決全文に基づいて書き、別の AI が全文と照合して確認していますが、誤りが残っている可能性があります。 判決文の引用は全文と一字一句照合したものだけを載せています。大事な点は判決全文で確かめてください。
