最判昭和51年6月17日
他人物買主の損害賠償債権による留置権を否定し、権原喪失を過失で疑わずに支出した有益費にも295条2項を類推して留置権を否定した
出題:司法R4・司法R6・予備H29・予備R4・予備R6・予備R8
- 裁判所
- 最高裁判所第一小法廷
- 事件番号
- 昭和50(オ)1148 所有権移転登記抹消等請求
- 裁判
- 判決・棄却
- 判例集
- 民集 第30巻6号616頁
- 参照法条
- 民法295条
判示事項・裁判要旨
裁判所ウェブサイトの判例情報より(原文のまま)
判示事項
農地買収・売渡処分が買収計画取消判決の確定により失効した場合と被売渡人から右土地を買い受けた者の有益費償還請求権に基づく土地留置権の行使
裁判要旨
農地買収・売渡処分が買収計画取消判決の確定により当初にさかのぼつて効力を失つた場合において、被売渡人から右土地を買い受けた者が土地につき有益費を支出していても、その支出をした当時、買主が被買収者から買収・売渡処分の無効を理由として所有権に基づく土地返還請求訴訟を提起されており、買主において買収・売渡処分が効力を失うかもしれないことを疑わなかつたことにつき過失があるときには、買主は、右有益費償還請求権に基づく土地の留置権を行使することができない。
解説
事案
被上告人所有の本件土地について、昭和23年、農地委員会が自作農創設特別措置法に基づく買収計画を立てた。国はこれを買収し、昭和26年7月1日に上告人A1へ売り渡した。しかし本件土地は同法5条5号の買収除外地であり、買収計画は違法であった。被上告人は昭和23年7月に買収計画取消訴訟を提起し、取消判決は昭和40年11月5日に確定した。
この間、上告人A2は昭和34年11月19日にA1から本件土地を買い受け、引渡しを受けた。A2は昭和35年10月、被上告人から「買収・売渡しは無効である」として所有権に基づく明渡請求訴訟を提起され、同月25日に訴状の送達を受けた。A2はその後の昭和36、7年ころ、地盛工事・下水工事・水道引込工事に計30万円の有益費を支出した。
上告人らは、①他人物売買の売主の履行不能による損害賠償債権、②有益費償還請求権を被担保債権として、本件土地の留置権を主張した。
争点
- 他人物売買の買主は、売主の所有権移転債務の履行不能による損害賠償債権を被担保債権として、所有者からの返還請求に対し留置権を主張できるか(物と債権との牽連性)
- 占有開始時には権原があるように見えたが、後に権原を失った(遡って無効となった)占有者が、その疑いを持つべき状況で有益費を支出した場合に、民法295条2項を類推適用して留置権を否定できるか
- 所有権に基づく返還請求訴訟を提起された占有者の過失の推認
判旨
上告棄却(留置権の主張はいずれも認められない)。
- 他人物買主の損害賠償債権:他人の物の買主は、売主の所有権移転債務の履行不能による損害賠償債権をもって、所有者の目的物返還請求に対し留置権を主張できない。物と債権との牽連関係を欠くからである(民法295条1項)。
- 権原喪失後の有益費:占有者が所有者から所有権に基づく土地返還訴訟を提起された後に有益費を支出した場合がある。その後、占有の基礎となった処分が遡って無効とされ、かつ、支出当時に処分が無効になるかもしれないことを疑わなかったことに過失があるときは、民法295条2項の類推適用により、有益費償還請求権に基づく留置権を主張できない。
- 過失の推認:所有権に基づく返還請求訴訟を提起され、結局占有権原を立証できなかった占有者には、特段の事情のない限り、占有が無権原であること(または無権原に帰すること)を疑わなかった点について過失が推認される。
判決文から
「他人の物の売買における買主は、その所有権を移転すべき売主の債務の履行不能による損害賠償債権をもつて、所有者の目的物返還請求に対し、留置権を主張することは許されないものと解するのが相当である。」
他人物買主の留置権否定という第1の規範
「他人の物の売主は、その所有権移転債務が履行不能となつても、目的物の返還を買主に請求しうる関係になく、したがつて、買主が目的物の返還を拒絶することによつて損害賠償債務の履行を間接に強制するという関係は生じない」
留置的効力(間接強制)から牽連性を否定する理由
「買主が有益費を支出した当時右買収・売渡処分の無効に帰するかもしれないことを疑わなかつたことに過失がある場合には、買主は、民法二九五条二項の類推適用により、右有益費償還請求権に基づき土地の留置権を主張することはできない」
悪意に限らず有過失でも295条2項を類推する
「結局その占有権原を立証できなかつたときは、特段の事情のない限り、土地占有が権原に基づかないこと又は権原に基づかないものに帰することを疑わなかつたことについては過失があると推認するのが相当である」
訴訟提起後の支出について過失を推認する
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