チャタレー事件
わいせつ文書の定義を示し、わいせつ性の認識は故意に不要で、175条は憲法21条に反しないとした大法廷判決
出題:司法H23・司法R1・司法R5・予備H23
- 裁判所
- 最高裁判所大法廷
- 事件番号
- 昭和28(あ)1713 猥褻文書販売
- 裁判
- 判決・棄却
- 判例集
- 刑集 第11巻3号997頁
- 参照法条
- 刑法175条,刑法38条1項,憲法21条,憲法21条2項,憲法76条3項,出版法(明治26年法律15号)27条,刑訴法400条
判示事項・裁判要旨
裁判所ウェブサイトの判例情報より(原文のまま)
判示事項
一 刑法第一七五条にいわゆる「猥褻文書」の意味 二 「猥褻文書」に当るかどうかは事実問題か法律問題か。 三 「猥褻文書」に当るかどうかの判断の基準。 四 社会通念とは何か。 五 刑法第一七五条にいわゆる「猥褻文書」に当る一事例。 六 芸術的作品と猥褻性。 七 猥褻性の存否と作者の主観的意図。 八 刑法第一七五条に規定する猥褻文書販売罪における犯意。 九 憲法第二一条に保障する表現の自由と公共の福祉。 一〇 旧出版法第二七条と刑法第一七五条との関係。 一一 憲法第二一条第二項による検閲の禁止と猥褻文書販売罪。 一二 憲法第七六条第三項にいう裁判官が良心に従うとの意味。 一三 刑訴法第四〇〇条但書に違反しない一事例。
裁判要旨
一 刑法第一七五条にいわゆる「猥褻文書」とは、その内容が徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する文書をいう。 二 文書が「猥褻文書」に当るかどうかの判断は、当該文書についてなされる事実認定の問題でなく、法解釈の問題である。 三 文書が、「猥褻文書」に当るかどうかは、一般社会において行われている良識、すなわち、社会通念に従つて判断すべきものである。 四 社会通念は、個々人の認識の集合又はその平均値でなく、これを超えた集団意識であり、個々人がこれに反する認識をもつことによつて否定されるものでない。 五 Aの翻訳にかかる、昭和二五年四月二日株式会社小山書店発行の「チヤタレイ夫人の恋人」上、下二巻(ロレンス選集1・2)は、刑法第一七五条にいわゆる猥褻文書に当る。 六 芸術的作品であつても猥褻性を有する場合がある。 七 猥褻性の存否は、当該作品自体によつて客観的に判断すべきものであつて、作者の主観的意図によつて影響されるものではない。 八 刑法第一七五条に規定する猥褻文書販売罪の犯意がありとするためには、当該記載の存在の認識とこれを頒布、販売することの認識があれば足り、かかる記載のある文書が同条所定の猥褻性を具備するかどうかの認識まで必要とするものではない。 九 憲法第二一条の保障する表現の自由といえども絶対無制限のものではなく、公共の福祉に反することは許されない。 一〇 旧出版法第二七条と刑法第一七五条とは特別法と普通法の関係にある。 一一 憲法第二一条第二項によつて事前の検閲が禁止されたことによつて、猥褻文書の頒布、販売を禁止し得なくなつたものではない。 一二 憲法第七六条第三項にいう裁判官が良心に従うとは、裁判官が有形、無形の外部の圧迫ないし誘惑に屈しないで自己の内心の良識と道徳感に従う意味である。 一三 本件第一審判決がその判示のごとき理由で被告人に無罪の言渡をしても控訴裁判所において「右判決は法令の解釈を誤りひいては事実を誤認したものとして」これを破棄し、自ら何ら事実の取調をすることなく、訴訟記録及び第一審裁判所で取り調べた証拠のみによつて、直ちに被告事件について、犯罪事実を認定し有罪の判決をしたからといつて、必ずしも刑訴第四〇〇条但書の許さないところではない。
解説
事案
Bは、英文学界で名の通ったCの長編小説「チヤタレー夫人の恋人」の翻訳出版を計画し、Aに翻訳を依頼してその日本語訳を得た。この訳書(小山書店発行、上下2巻)が頒布・販売され、BとAはわいせつ文書販売罪(刑法175条)で起訴された。検察官は、訳書のうち12箇所の性的場面の描写を問題とした。
本書は春本とは異なる芸術的作品であり、思想・文明批評も含むことは、第一審・原審とも認めていた。第一審は、本訳書は本質上わいせつ文書とはいえないが、ある関係においてわいせつ文書となるという見解に立ち、Aについては共犯と目することはできないとして無罪とした。
控訴審(東京高裁)は第一審判決を破棄した。訳書自体がわいせつ文書に当たるとし、自ら事実の取調べをしないまま、Aについても共同正犯を認めて有罪(罰金10万円)とした。弁護人は、わいせつ性の判断、犯意、憲法21条・76条3項違反などを主張して上告した。
争点
- 刑法175条の「猥褻文書」の意義と、その判断基準(社会通念)
- わいせつ性の判断は事実認定の問題か法解釈の問題か
- 芸術性・作者の主観的意図とわいせつ性の関係
- わいせつ文書販売罪の故意として、わいせつ性の認識まで必要か
- 刑法175条による処罰は憲法21条(表現の自由・検閲の禁止)に違反するか
- 憲法76条3項の「良心に従ひ」の意味
判旨
上告棄却(訳書は刑法175条のわいせつ文書に当たる)。
- 定義:わいせつ文書とは、その内容が徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する文書をいう(大審院判例・最判昭和26年5月10日の定義を是認)。
- 判断の性質・基準:わいせつ性の判断は事実認定ではなく法解釈の問題である。一般社会の良識すなわち社会通念に従って裁判官が判断する。社会通念は個々人の認識の平均値ではなく、それを超えた集団意識である。
- 芸術性・主観:芸術性と猥褻性は両立しうる。猥褻性は作品自体から客観的に判断し、作者の主観的意図には影響されない。
- 故意:問題となる記載の存在の認識と、これを頒布・販売することの認識があれば足りる。猥褻性を具備するかどうかの認識は不要であり、わいせつでないと信じても法律の錯誤として犯意を阻却しない。
- 憲法21条:表現の自由も公共の福祉による制限を受ける。性的秩序・最少限度の性道徳の維持は公共の福祉の内容である。事前検閲の禁止から、わいせつ文書の頒布販売を禁止できないとはいえない。
- 憲法76条3項:裁判官が良心に従うとは、有形無形の外部の圧迫・誘惑に屈せず、自己の内心の良識と道徳感に従う意味である。
判決文から
「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう」
わいせつの3要件。答案でそのまま使う定義
「刑法一七五条の罪における犯意の成立については問題となる記載の存在の認識とこれを頒布販売することの認識があれば足り、かかる記載のある文書が同条所定の猥褻性を具備するかどうかの認識まで必要としているものでない。」
故意の対象を記載の認識に限定した核心部分
「かりに主観的には刑法一七五条の猥褻文書にあたらないものと信じてある文書を販売しても、それが客観的に猥褻性を有するならば、法律の錯誤として犯意を阻却しないものといわなければならない。」
わいせつ性の誤信は法律の錯誤とした点
「著作自体が刑法一七五条の猥褻文書にあたるかどうかの判断は、当該著作についてなされる事実認定の問題でなく、法解釈の問題である。」
わいせつ性判断は裁判官の法的判断であること
「芸術性と猥褻性とは別異の次元に属する概念であり、両立し得ないものではない。」
芸術作品でもわいせつたりうるとした点
「猥褻性の存否は純客観的に、つまり作品自体からして判断されなければならず、作者の主観的意図によつて影響さるべきものではない。」
作者の意図は猥褻性判断に無関係
「性的秩序を守り、最少限度の性道徳を維持することが公共の福祉の内容をなすことについて疑問の余地がないのである」
175条合憲の根拠となる公共の福祉の内容
この解説は AI が作成しています。判決全文に基づいて書き、別の AI が全文と照合して確認していますが、誤りが残っている可能性があります。 判決文の引用は全文と一字一句照合したものだけを載せています。大事な点は判決全文で確かめてください。
