最判昭和24年8月18日
「急迫」は被害の現在性ではなく侵害の危険の緊迫を意味する。公益のための正当防衛は極めて緊迫した場合に例外的に許される。
出題:司法H24・予備R3
- 裁判所
- 最高裁判所第一小法廷
- 事件番号
- 昭和24(れ)295 傷害
- 裁判
- 判決・棄却
- 判例集
- 刑集 第3巻9号1465頁
- 参照法条
- 刑法36條,刑法37條,憲法12條,憲法13條
判示事項・裁判要旨
裁判所ウェブサイトの判例情報より(原文のまま)
判示事項
一 刑法第三六條にいわゆる「急迫」の意義―刑法第三七條にいわゆる「現在の危難」の意義 二 公益のための正當防衞 三 國家的公共的法益の侵害等に對する私人の正當防衞行爲の限界
裁判要旨
一 刑法第三六條にいわゆる急迫の侵害における「急迫」とは、法益の侵害が間近に押し迫つたことすなわち法益侵害の危險が緊迫したことを意味するのであつて、被害の現在性を意味するものではないまた刑法第三七條にいわゆる「現在の危難」についても、ほぼこれと同様のことが云い得るわけである。 二 公共の福祉を最高の指導原理とする新憲法の理念からいつても、公共の福祉をも含めてすべての法益は、國家的、國民的、公共的法益についても正當防衞の許さるべき場合が存することを認むべきである。だがしかし、本來國家的、公共的法益を保全防衞することは、國家又は公共團體の公的機關の本來の任務に属する事柄であつて、これをた易く事由に私人又は私的團體の行動に委することは却つて秩序を亂し事態を悪化せしむる危險を伴う虞がある。それ故、かかる公益のための正當防衞等は、國家公共の機關の有効な公的活動を期待し得ない極めて緊迫した場合においてのみ例外的に許容さるべきものと解するを相當とする。そこで原判決の判示した具體的な客觀的事態情勢は、國家公共の機關(連合國の占領下にある現状においては、占領軍機關をも含めて)の有効な公的活動を期待し得ない極めて緊迫した場合に該當するに至つたものとは到底認めることができない從つてかかる事態の下においては、被告人の行動を正當防衞又は緊急避難として寛恕するを得ないものと云わねばならぬ。 三 防衞行爲が己むことを得ないとは、當該具體的事態の下において當時の社會的通念が、防衞行爲として當然性、妥當性を認め得るものを云うのである。そして、殊に國家的公共的法益に對する侵害等を私人が防衞する場合に、己むことを得ざるものとして當然許容さるべき範圍は、整備せる現在國家の機構組織の下において、必然的に比較的極めて狭少な限局されたものたるべきことは國家理論の歸結として何人も承認しなければならぬところである。
解説
事案
昭和22年1月18日、A委員会は、2月1日に全官公庁の各労働組合が総罷業に入る旨の宣言(いわゆる2・1ゼネスト突入宣言)を発表した。この宣言には、2月1日より前に弾圧を受ければ自動的にゼネストに突入する旨も記されていた。
被告人らは罷業の中止を勧告するため、B会議議長Cを訪ねたが、不在で会えなかった。翌20日に再び訪れ、押問答の末、あらかじめ携えていた肉切庖丁・刺身庖丁でCに傷害を加えた。被告人らは事前に、Cが勧告に応じなければ、指導者としての責任への制裁として、また社会的センセーションを起こして罷業計画団体を動揺させるために、Cに暴行傷害を加えると決めていた。
原審(東京高裁)は、罷業はまだ実行されておらず国民生活への現実の侵害がないとして、急迫の侵害・現在の危難にあたらないとした。弁護人は、正当防衛・緊急避難、予備的に誤想防衛・誤想避難を主張して上告した。
争点
- 刑法36条1項の「急迫」、37条1項の「現在の危難」の意義(被害の現在性を要するか)
- 国家的・公共的法益のための正当防衛(緊急避難)は認められるか、認められるとしてその限界
- 「已むことを得ざるに出でたる行為」の意義と、私人が公益を防衛する場合の許容範囲
- 防衛行為がやむを得ないものでない場合に誤想防衛・誤想避難を認める余地があるか
判旨
上告棄却(傷害罪成立、正当防衛・緊急避難不成立)。
- 急迫の意義:36条の「急迫」とは、法益侵害が間近に押し迫ったこと、すなわち法益侵害の危険が緊迫したことをいう。被害の現在性を意味しない。37条の「現在の危難」もほぼ同様である。したがって、現実の侵害がないことを理由に急迫性を否定した原判決の判断は誤りである。
- 公益のための正当防衛:国家的・国民的・公共的法益についても正当防衛が許される場合はある。ただし、国家公共の機関の有効な公的活動を期待し得ない極めて緊迫した場合に限り、例外的に許容される。本件はこれに当たらない。
- やむを得ない行為:防衛行為がやむを得ないとは、当該具体的事態の下で当時の社会通念が防衛行為として当然性・妥当性を認め得るものをいう。私人が国家的・公共的法益を防衛する場合の許容範囲は、極めて狭く限定される。本件の暴行傷害はこれに当たらない。
- 行為がやむを得ないものでない以上、誤想防衛等を認める余地もない。
判決文から
「刑法三六条にいわゆる急追の侵害における「急迫」とは、法益の侵害が間近に押し迫つたことすなわち法益侵害の危険が緊迫したことを意味するのであつて、被害の現在性を意味するものではない。」
急迫性の定義。現在の被害は不要
「被害の緊迫した危険にある者は、加害者が現に被害を与えるに至るまで、正当防衛することを待たねばならぬ道理はないからである。」
被害の現在性を不要とする理由
「国家的、国民的、公共的法益についても正当防衛の許さるべき場合が存することを認むべきである。」
36条の「権利」は公益も含みうる
「かかる公益のための正当防衛等は、国家公共の機関の有効な公的活動を期待し得ない極めて緊迫した場合においてのみ例外的に許容さるべきものと解するを相当とする。」
公益防衛を許す限界の規範
「防衛行為が已むことを得ないとは、当該具体的事態の下において当時の社会通念が防衛行為として当然性、妥当性を認め得るものを言うのである。」
「やむを得ない」の定義
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